実家に帰り、押し入れの中を整理していると、子供のころに利用したものが出てくることがあります。
人間の脳は不思議なもので、ふだん子供のころのことを忘れていたとしても、昔使っていたおもちゃなどが出てくれば、走馬灯のように子供のころの自分を思い出してしまいます。
例えば、幼少期に使った羽子板が段ボールの箱から出てきた場合、子供のころの思い出が一気に頭の中から噴出するでしょう。
特に、正月のころの思い出は良い思い出ばかりだった人は多いはずです。
そのため、昔のおもちゃを見ながらにやにやしていることもあります。

親戚にもらうお年玉がとにかく楽しみでした

子供のころの正月の思い出といえば、歌番組を見たとか、家でごろごろしていたということではなく、親せきの家に行ったり、普段食べることができないものを食べたりすることが思い出に残っている人も多いはずです。
また、家族で旅行していることもあり、子供にとっては非常に楽しい時間です。
小学生ぐらいになると、少しずつお金の価値がわかってきますが、お金の価値がわかるとお年玉をもらうことに喜びを感じるでしょう。
最初は少なかったお年玉が、年齢とともに増えていき、とても立地になった気分を感じたかもしれません。
もちろん、普通の家ではお年玉をすぐに使うことはできないはずです。
使ったとしてももらった金額の何割かだけで、あとは貯金に回されてしまうでしょう。
それでも、もらった思い出は非常にうれしく、そしてあたたかい思い出として残っています。
ところが、いくら正月になっても、二十歳を過ぎるとさすがにお年玉をくれる親せきはいなくなります。

今やすっかりあげる側

お年玉をもらっていた自分がいつの間にか大人になり、自分の甥っ子や姪っ子ができると今度はなぜかお年玉を上げる番になっています。
二十歳になると突然大人のグループに引っ張られる感じです。
それでも、自分からお年玉を上げようと思うのは、自分がもらった時にうれしかったからではないでしょうか。
同じ喜びを自分の兄弟の子供たちを感じてもらいたいと思うようになります。もちろん義務であげている人もいるかもしれませんが、もらった子供たちはとても喜んでいるはずです。
自分の子供の場合は、兄弟の子供にあげるのとは少し違う感覚が出てきます。
子供の将来のことを考えて、お年玉を上げたとしてもそれはすべて使わせるのではなく、貯金させるようにする人が多いはずです。
お金を渡すことでお金のありがたみを覚えてもらい、お金の使い方を覚えさせる意味も含まれています
このように、同じ子供でも自分の子供と他人の子供では、少しお金に対する感情が異なってくるのがポイントです。

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川越にあるモリヤ人形店さん
羽子板の店舗販売・通販サイト